大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)1408号 判決 1998年3月26日

上告人

株式会社三和銀行

右代表者代表取締役

川畑清

右訴訟代理人弁護士

小沢征行

秋山泰夫

藤平克彦

香月裕爾

香川明久

露木琢磨

被上告人

株式会社アイチ

右代表者代表取締役

森下安道

右訴訟代理人弁護士

野島潤一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小沢征行、同秋山泰夫、同藤平克彦、同香月裕爾、同香川明久、同露木琢磨の上告理由について

一般債権者による債権の差押えの処分禁止効は差押命令の第三債務者への送達によって生ずるものであり、他方、抵当権者が抵当権を第三者に対抗するには抵当権設定登記を経由することが必要であるから、債権について一般債権者の差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えが競合した場合には、両者の優劣は一般債権者の申立てによる差押命令の第三債務者への送達と抵当権設定登記の先後によって決せられ、右の差押命令の第三債務者への送達が抵当権者の抵当権設定登記より先であれば、抵当権者は配当を受けることができないと解すべきである。

以上と同旨に帰する原審の判断は正当として是認することができ、論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大出峻郎 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

上告代理人小沢征行、同秋山泰夫、同藤平克彦、同香月裕爾、同香川明久、同露木琢磨の上告理由

○ 上告理由書記載の上告理由

第一 原判決の判示について

一 原判決は、上告人の請求を認容した第一審判決を取消し、上告人の請求を棄却し、その理由として「賃貸借の目的建物の所有者が当該建物に抵当権を設定する行為は、抵当権の効力として賃料に対する物上代位が許されることから(民法第三七二条、三〇四条)、賃料債権との関係ではこれを対象とする換価権及び優先弁済権の設定の効力をも生じるものである。賃貸建物について抵当権の設定をする前に建物所有者が有する賃料債権について差押命令が発せられているときには、建物所有者は、差し押えられた賃料債権を処分することが禁じられているのであるが(民事執行法一四五条一項)、禁止される処分行為には、建物所有権を対象とする換価権及び優先弁済権の設定は含まれないが、目的としての権利が同一である賃料債権を対象とする換価権及び優先弁済権の設定は含まれる。したがって、賃貸建物について抵当権を設定し対抗要件としての登記を経由しても、その登記前に賃料の差押命令が第三債務者に送達されていたときは、差押えの処分禁止効により、当該賃料債権に対する執行手続では、建物抵当権による賃料債権に対する物上代位の権利はないものとして取り扱うべきであり、第三債務者が供託した賃料は、先行する差押えの対象となっているものである限り、上記の物上代位により差押えをした抵当権者に配当してはならないものである。」との趣旨の判示をした。

二 しかしながら右判示は、第二に記載するとおり、法令の解釈を誤るものであり、その誤りは原判決主文に影響を及ぼすものであることが明らかである。

第二 上告の理由

一 差押の処分禁止効について

原判決は、「抵当権の効力として賃料に対する物上代位が許されることから、賃料債権との関係ではこれを対象とする換価権及び優先弁済権の設定の効力をも生じるものである」ことを理由として、抵当権設定契約の締結をすでに差押えられた建物の賃料債権との関係では、民事執行法第一四五条一項が禁止する処分行為であるとする。

しかし、抵当権の効力として賃料に対する物上代位が許されるからと言って、抵当権設定契約の締結を建物の賃料に対する処分行為であるとする論理的必然性はなく、むしろ、以下の理由から、民事執行法第一四五条一項の解釈を誤るものであるのみならず、抵当権設定契約の本質、物上代位権の本質(民法第三七二条、三〇四条)物権法定主義(民法第一七五条)に反するものである。

1 抵当権に基づく物上代位の効果は、抵当権設定行為により、設定者が賃料債権を処分したことにより認められるものではなく、抵当権に与えられた法的効果として認められるものである。したがって、抵当権設定契約の締結をすでに差押えられた建物の賃料債権との関係で、民事執行法第一四五条一項が禁止する処分行為であるとすることはできない。

イ すなわち、そもそも物上代位権行使の有無は抵当権者の意思に基づくものであり、かつ、抵当権設定行為とは別個の差押が必要である(民法第三〇四条但書)ことからすれば、賃貸借契約を締結している不動産に抵当権を設定したからといって直ちに賃料を処分したと解すべきではない。

むしろ、使用収益権を設定者のもとに残すことを本則とする抵当権の本質からは、抵当権を設定したからといって当然には賃料債権を処分したことにはならないというべきであり、抵当権者の賃料に対する物上代位権行使が許されるのは抵当権に与えられた法的効果によるものであって、抵当権設定行為により設定者が賃料債権を処分したことによるものではないと解すべきである。

ロ 賃貸借契約を締結している不動産に抵当権を設定することが賃料に対する処分行為でもあるとする原判決の論理を押し進めると、抵当権に基づく物上代位は、この抵当権設定行為に含まれる処分行為の効果として認められることになると思われる。しかし、右論理では、抵当権設定後に賃貸借契約が締結された場合にも抵当権に基づく物上代位の効果が賃料に及ぶことを、合理的に説明することができない。

原判決は、抵当権設定後の賃貸借契約には物上代位の効力が及ばないというのであろうか。しかしながら、そのように解することは、現在の判例実務に違背する。したがって、抵当権の効果としては物上代位を認めざるを得ないであろう。

そうすると、原判決の理論からすれば、物上代位には、①抵当権設定行為に含まれる処分行為の効果として認められるものと②抵当権自体の効果から認められるものが存在することになり、理論的に一貫しない。原判決は、明らかに物上代位の理論を誤解している。

2 原判決は、賃料差押により禁止される処分行為(民事執行法第一四五条一項)に、賃貸借契約が締結された不動産に抵当権を設定した場合の賃料債権を対象とする換価権及び優先弁済権の設定が含まれるとするが、これでは、賃料債権が差押えられている不動産に抵当権を設定する場合に、物上代位権なき抵当権の設定を認めることになり、このような効力の相違する二種類の抵当権を認めることは物権法定主義に反する。法律によらない限り効力が相違する抵当権を認めてはならないのである(民法第一七五条)。

なお、学説の中には、賃料債権に対して差押えがなされた後で第三者が当該不動産の所有権を取得し、対抗要件を具備しても、譲受人は賃料債権の承継を差押債権者に対抗することはできないとするものがある(宮脇幸彦「強制執行法(各論)」一二二頁)。しかしながら、この場合は本件とは異なり物権法定主義は問題とならない。すなわち、賃料差押後当該不動産の所有権を取得した第三者はもとの賃貸人である所有者の地位を承継するのであり、だからこそ賃料債権の承継を差押債権者に対抗できないのであって、差押えの結果賃料に対する処分が禁止されたことにより所有権の内容自体が制限されることはないからである。

二 取引の安全について

原判決は、抵当権設定契約の締結が、すでに差押えられた建物の賃料債権との関係では、民事執行法第一四五条一項の禁止する処分行為に含まれることを前提に、「第三債務者が供託した賃料は、先行する差押えの対象となっているものである限り差押後に設定された抵当権の物上代位権を行使し、賃料債権を差押えた抵当権者には配当してはならない」とする。

しかし、以下に述べるように、右のように解することは、一般債権者が賃料債権差押後に執行力ある債務名義を取得した場合と著しく均衡を欠き、あまりにも金融取引の安全を害するものであり、法の根本思想である法制度の安定、公平の維持の観点からも到底許されるものではない。

1 すなわち、賃料債権差押後に執行力ある債務名義を取得した一般債権者でさえも、二重差押(民事執行法第一五六条二項)、配当要求(民事執行法第一五四条一項)が認められ、賃料債権から配当を受けることができる。ところが、抵当権設定者は二重差押、配当加入ができず、賃料債権から全く配当を受けることができない。この結果は、著しく均衡を欠くだけでなく、配当の公平を目的とする法原理に背くものであり、独自の見解に立つ判例による新法の制定に等しく、現行民事執行法制度の安定を維持する見地からも認められるべきではない。裁判による法創造も制定法によって明確かつ一義的に定められた規範に矛盾することは許されないというべきであろう。

2 さらに、将来の賃料債権の譲受人にくらべ、差押債権者が賃料債権を取得できる期間が格段に長いことを考慮すれば、抵当権者が抵当権設定時に賃料差押の有無を知り得ないのに、設定時に賃料債権が差押えられていれば賃料債権から全く配当を受けることができないというのでは、あまりにも金融取引の安全を害し、賃借権の設定されている不動産の担保評価を著しく不安定にさせ(最悪の場合、担保目的物の価額から差押債権額を差し引いた残額を担保評価額とせざるを得ないが、差押えの有無及び金額を第三者に知らせる公示または明認制度はなく、担保権者となろうとする者は差し引くべき差押債権額がわからない)、ひいては、不動産の担保としての有効利用が阻害されることにもなりかねない。

さらに、不動産の担保設定の際、その不動産を目的として賃貸借がある場合に、その賃料に差押命令が発せられているかどうかを公示または明認している制度は前述のように存しないので、差押命令の有無及び金額を担保権者に調査させる義務を課することは担保権者に対し著しく酷な義務を課するものである。

これに対し差押債権者は、賃料差押時、登記簿を見れば、目的不動産に抵当権が設定されていないことを知り得、目的不動産を差押えることもできたにもかかわらず、あえて賃料のみ差押えたのであるから、不動産の一部の価値が分離した賃料の配当において、不動産に担保設定した担保権者に対して劣後するのは、いわば当然のことである。

三 差押えの効力について

原判決が、結果として、賃料債権差押後の抵当権者の優先権を認めないのは、民法第三七二条、三〇四条一項の解釈を誤るものである。

1 すなわち、原判決も認めるとおり、賃料債権が差押えられたとしても、目的不動産につき根抵当権設定契約を締結することは何ら制限されるものではなく、根抵当権についても、民法第三七二条、第三〇四条一項により物上代位権の行使が認められている。

そして、最高裁第一小法廷昭和五九年二月二日判決は、動産売買の先取特権に基づく物上代位につき「三〇四条一項但書において、先取特権者が物上代位権を行使するためには金銭その他の払渡又は引渡前に差押をしなければならないものと規定されている趣旨は、先取特権者のする右差押によって、第三債務者が金銭その他の目的物を債務者に払渡し又は引渡すことが禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果、物上代位の対象である債権の特定性が保持され、これにより物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面第三者が不測の損害を被ることを防止しようとすることにあるから、第三債務者による弁済又は債務者による債権の第三者への譲渡の場合とは異なり、単に一般債権者が債務者に対する債務名義をもって目的債権につき差押命令を取得したにとどまる場合には、これによりもはや先取特権者が物上代位権を行使することを妨げられるとすべき理由はないというべきである」としており、この理論は、根抵当権に基づく物上代位権の行使にそのままあてはまるものである。

そして一般債権者と物上代位権者の差押えが競合した場合には物上代位権者が優先するとするのが通説である。物上代位は物に対し一般債権者より優先的権利を認める制度だからである。

したがって、本件においても、賃料を差押えた一般債権者よりも、抵当権者が賃料債権につき優先すると解すべきである。

2 なお、右最高裁判例は先取特権成立後に賃料債権が差押えられた場合のものであり、かつ、一般債権者と物上代位権者の差押が競合した場合には物上代位権者が優先するとする通説も直接には抵当権設定後に賃料債権が差押えられた場合に関して論じられたものであり、賃料債権差押後に本件根抵当権が設定されている本件とは若干事案を異にする。

しかし、以下のように、本件の場合にも右最高裁判例及び通説の理論が適用されるものと解される。

イ 抵当権設定者が目的物から受くべき財産としての賃料が、目的物の価値の一部の実現であることについては、抵当権設定前に賃料が差押えられている場合でも抵当権設定後に賃料が差押えられた場合でも全く同様であり、両者を区別する必要はない。

ロ 抵当権設定後に賃料債権が差押えられた場合において、抵当権者が物上代位権を行使し債権差押が競合したときに、抵当権者が一般債権者に優先するものと解されるのは、債権差押があったとしても、その差押えの効力発生時にすでに抵当権が存在し、目的物の価値のすべてを把握していることから、賃料債権自体に抵当権の効力が及び、差押時にすでに物上代位権の効力が及んだ賃料債権となっているからにほかならない。

ところで、賃料債権の差押えの効力は将来の賃料債権に及ぶが(民事執行法第一五一条)、個々の賃料が具体的に発生する前は、差押えの目的物がいまだ不動産から分離していないものと解されるから、個々の賃料に対する差押えの効力発生時期は、個々の賃料債権が具体的に発生した時、つまり、抵当権の目的物からその価値の一部が分離した時と解するべきである。

とすれば、賃料債権差押後に抵当権が設定された場合であっても、具体的賃料債権が発生したときに、抵当権が存在している点においては、抵当権設定後に賃料債権が差押えられた場合となんら異なるところはないので、抵当権の目的物の価値が一部分離した賃料についても、一般債権者より抵当権者が優先するのは当然のことである。

○ 平成六年六月二四日付け上告理由補充書記載の上告理由

上告人は、上告理由書第二、二2において、「将来の賃料債権の譲受人にくらべ、差押債権者が賃料債権を取得できる期間が格段に長いことを考慮すれば、抵当権者が抵当権設定時に賃料差押の有無を知り得ないのに、設定時に賃料債権が差押えられていれば賃料債権から全く配当を受けることができないというのでは、あまりにも金融取引の安全を害し、賃借権の設定されている不動産の担保評価を著しく不安定にさせ(最悪の場合、担保目的物の価額から差押債権額を差し引いた残額を担保評価額とせざるを得ないが、差押えの有無及び金額を第三者に知らせる公示または明認制度はなく、担保権者となろうとする者は差し引くべき差押債権額がわからない)、ひいては、不動産の担保としての有効利用が阻害されることにもなりかねない。さらに、不動産の担保設定の際、その不動産を目的として賃貸借がある場合に、その賃料に差押命令が発せられているかどうかを公示または明認している制度は前述のように存しないので、差押命令の有無及び金額を担保権者に調査させる義務を課することは担保権者に対し著しく酷な義務を課するものである。」旨主張したが、この点につき以下の事実を補足する。

一 賃貸ビルを担保に金銭を貸し付ける場合の担保価値評価について

銀行等の金融機関が、賃貸ビルを担保に金銭を貸し付ける場合の担保価値評価は、通常賃料収入を収益還元評価した金額に、立地条件、近隣売買事例、物件の形状等の付随的要素を加味して行うのが実務の大勢である。

このような情況において、原判決のように、設定時に賃料債権が差押えられていれば賃料債権から全く配当を受けることができないと言うことになれば、そもそも、銀行等の金融機関は、このようなビルを担保に金銭を貸し付けることができなくなってしまう。

二 賃料差押の有無調査の不能

さらに、不動産の担保設定の際、その不動産を目的として賃貸借がある場合に、その賃料に差押命令が発せられているかどうかを公示または明認している制度は存せず、また前記一の事情からは、賃料債権を差押えられている賃借人が、差押えられていることを銀行等の金融機関に告知することは期待できない。

このような情況から、賃料差押の有無を調査するためには銀行等の金融機関としては、実際に賃借人に聴き取り調査を行う以外方法がない。

しかし、このような調査に対して賃借人の十分な協力が得られるか疑問であるし、このような調査は賃貸人のプライバシーを著しく侵害するものであり到底銀行等の金融機関のなしうべきものではない。

また、銀行がこのような調査を行った結果、賃貸人の信用不安が表面化し、その信用が必要異常に下落し、賃貸人が破産等に追い込まれるような事態も想定され、このことで銀行等の金融機関が法的責任を追及されるおそれも十分存する。

このような情況からすれば、銀行等の金融機関が賃料差押の有無を調査することは実質上不可能であり、結局は、賃貸借契約の締結されているビルについては、銀行はこれを担保に金銭を貸し付けることができなくなってしまう。

これは、そのようなビルを担保に金融を得ようとする多くのビル所有者の資金調達の道を断つことを意味し、今日存在するビルの多くが賃貸ビルであることを考えれば到底容認することはできない。

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